ウェブラジオFMC39周年です(2015年4月現在)。その歴史たるやまさに紆余曲折!右往左往!…。そんな歴史の1コマ1コマをご紹介するのがこのコーナー。


●1976年4月7日/現存する中で日本最古のマイクロラジオ発祥記念の日…
熊本市大江3丁目(現在地の隣家)に日本最古の常設マイクロラジオ「BSS白川放送」開局。白川中学校放送局在籍の1年生らを中心に組織された。当初の機材はミキシング機能付ラジカセ2台とマイク1本。尚、この頃は中波によるAM放送であった。そのサブリーダーとしてまだ中学生の榎田信衛門がいた。
●代表的な番組/なかよしジョッキー、明日の出来事



●1977年頃/放送ゴッコが本格的に…
中継局を増設し(音質無視)中学校区全域をサービスエリアに。「夜の校内放送」という位置付けで注目されはじめる。
●代表的な番組/新・明日の出来事



●1979年/マイクロラジオ(ミニFM)創世期…
スタッフが揃って高校入学。音質を重視してミニFM放送に移行。中継局を廃止する。
●代表的な番組/



●1981年/はじめて全国区へ…
5周年記念で24時間の特別放送を実施。その中で制作されたラジオドラマ「未来への航路」が全国放送コンクール(学校放送だけでなくマイクロラジオなどの自主活動も対象とされた大会。3回で終了した)のラジオドラマ部門で優勝。
●代表的な番組/24時間ラジオ



●1982年/マイクロラジオ(ミニFM)ブーム到来…
この頃から全国的にミニFM(呼称がほぼ統一される)がブーム化していく。
●代表的な番組/



●1983年/取材殺到…
東京青山のマイクロラジオ「KIDS」がマスコミでブレイク。その影響をまともに受けて「白川放送」にも取材殺到。調子に乗って「join」に名称変更する。この頃、熊本のメディアから「join」の名前がどこかで取り上げられるという異常事態に陥っていた。
新大江2丁目に一時移転。スピロヘータ野口、エレクト深江、メンス下田、ホルモン真弓らが入局。
●代表的な番組/COME ON TOGETHER!、joinドラマハウス



●1984年頃/初のスタジオ建設…
「東のKIDS、西のjoin」としてマスコミにやたらと登場。11月には本格的専用スタジオを大江3丁目に設ける。NHKを始め各局が取材。
●代表的な番組/メンス下田の入れPOM出し!POM!すっPOMPOM!!、COME ON TOGETHER!2



●1985年/マイナーからメジャーへの挑戦…
地元紙(熊本日日新聞)ヤング欄のプロモーションビデオならびにイベント制作をきっかけに、秋に開局した『エフエム中九州』で毎週月曜深夜の1時間番組「WA!アメーバだ」を制作(1クール)。(一時的にマイクロラジオは中断)
地元タウン誌「月刊タウン情報クマモト」で連載コラム「joinぱあてい(見開き2ページ)」連載開始。
この頃実施したスタッフ募集に応募者殺到。電話が一時的にパンクする。アナル島田、ザーメン山本、バッコン岩崎が入局。スタッフ数が30名を超す。
●代表的な番組/WA!アメーバだ(榎田信衛門、エレクト深江、ホルモン真弓ほか)



●1986年/厳しい足固めの時代…
実験TV番組「ART WORLD」を制作。後にベルギーに企画が輸出され全国放送される。故逸見政孝氏が絶賛。後に「平教委」企画の源泉の一つとなった。「たけしの誰でもピカソ」にも影響を与えているらしい。榎田信衛門出世作。
伝説のライブ「こんな夜、いつかきっと…」を熊本市産文会館大ホールで開催。出演は極めて怪し気なjoinバンドのみ。ちなみにドラム担当は榎田信衛門であった。
変なやつ江森と榎田信衛門のプロデュースで、インディーズファッションの草分け「SMPTE」を全国展開。この頃から不定期放送となる。「SMPTE」の運営を巡って推進派・反対派が対立し分裂。(スタッフ半減)
●代表的な番組/世当たり上手のバチ当たりスペシャル(変なやつ江森、油布礼子ほか)



●1987年/バブルのお陰で何でもあり!…
組織を株式会社化し「join」から「株式会社BSP」に変更。
激安プリントショップ「複写堂」を出店。所属バンドのライブ等をプロデュース開始。
また、この年の冬、NHK熊本局制作によるTV特番「ヤングスペシャルIKINARI-DAGO」に企画参加。(ちなみにMCは榎田信衛門とタレント高見恭子)しかし、混成部隊による弊害がもろに出て番組自体は大失敗作となった。音楽を担当したのは所属バンド「ROUTE-VALENTINE」の島綾子。
●代表的な番組/ラジオドラマ君の町へ(バッコン岩崎)



●1988年/第1次氷河期…
「複写堂」「SMPTE」を終了。「生活雑貨Hz」を上通に出店。
カセットテープによる音のタウンマガジン「Trendy-EX」を企画するが失敗。いわゆる第1次氷河期の始まりである。エアポート成田が入局。その後スタッフ募集を凍結したためしばらく彼の活躍が続く。
初のVTRドラマ作品「恐怖のエレベーター」(脚本演出榎田信衛門)を制作。
●代表的な番組/恐怖のエレベーター(榎田信衛門、エアポート成田ほか)



●1989年/不毛な実験続く…
元のボランティア組織に戻すために「株式会社BSP」を解散。ステーションネームを持たないフレキシブルなスタイルでの不定期放送に突入。NHK葛西ディレクター(IKINARI-DAGOを担当)の出演というかゴリ押しで上通りアーケード内でマイクロラジオのゲリラ放送等を実施。※NHK九州ブロックでも放送。
●代表的な番組/エアポート成田のタネ汁サネ汁トロロ汁



●1990~92年/活路は首都圏にあり!…
榎田信衛門がコンセプターとして在京キー局のTV番組に関わることが増加。また、大学・専門学校等での講師としての活動も多忙を極め、マイクロラジオは散発的な放送になる。
●代表的な番組/アナル島田のお湯の中にもいい出会い



●1992年/福岡での実験はじまる…
福岡市に福岡ヘッドクォーターを設置。以降、活動の主軸を福岡HQに移し『RKB毎日放送』のラジオ番組「HiHiHi」『FM佐賀』の生番組「ウイークエンドストリーツ」、『TNCテレビ西日本』のバラエティ番組「AtoZ'on」などの制作業務を行う。
●代表的な番組/ウイークエンドストリーツ(榎田信衛門、木原友香)



●1993年/榎田信衛門遂に倒れる!…
NHK葛西ディレクターのまたまたゴリ押しで「男の食彩」に榎田信衛門出演。
福岡HQを閉鎖し熊本オフィスに一元化する。その後榎田信衛門長期休業宣言。一切の活動を停止する。
●代表的な番組/なし



●1994年/復活。FMC黎明期…
join時代の関係者の扇動などによってマイクロラジオの定期放送を再開することに。
しばらく流動的だったステーションネームを「FM-Monday Club」に定め、7月4日午後10時より週1日の定期放送開始。ちなみにMonday Clubという名称は毎週月曜日のオンエアに由来するもの。
榎田信衛門の他、アナル島田、ヒロポン作田、木原友香(のちFM福岡アナウンサー、現在フリー)らがレギュラーで出演した。
予想に反して、放送開始直後からいきなりリスナーが急増する。11月にはテープ版の番組集「構造不況と表現の自由」を発表。インディーズ界の隠れたヒットとなり全国で海賊版が数千本出回る。
●代表的な番組/マンデークラブ(榎田信衛門、ヒロポン作田)、アナル島田の月曜日の憂鬱、
サイバーネットワーク(木原友香、白川憲一)




●1995年/危険な罠…
内輪で配布していたフリーペーパーを外部配布に切り替えるプロジェクトがスタート。文科系パソコン通信「MCM」を開局。わずか2カ月で会員数300名に迫る大ヒットとなったが、機材のトラブルであえなく中止。しかしこれがWEBラジオFMC開始のきっかけとなっている。
また、熊本市にコミュニティ局を作る市民運動組織からの要請でプロデュースを引き受けるが、他社を牽制するための実体の無い組織であったことが後から判明し直ちに離脱。だが、この時に作られた「榎田信衛門レポート」は低迷するコミュニティ放送を再生させる決定打として現在も尚、全国のコミュニティ局から注目されている。ヘルペス和田、フィラリア井元らが入局する。
●代表的な番組/略してマンクラ(榎田信衛門、アナル島田、ヒロポン作田ほか)、ヘルペス和田の渚のゾウリムシ



●1996年/先手必勝IT革命!WEBでの展開スタート…
表記を「fm-monday club」に変更。フリーペーパー「corroboration」配布開始。熊本のカウントカルチャー推進をメインコンセプトとした。また毎週金曜夜に再放送を開始。8月中は土曜深夜にスペシャル番組「QSN」をオンエア。
急増するコミュニティFMを一部メディアが「ミニFM」と表現することによる混同を避けるため新たに「マイクロラジオ」という統一呼称を提案し発表。現在では「マイクロラジオ」が一般的になりつつある。
9月、地元プロバイダのサーバを借りて「WEBラジオFMC」を開設。国内で5局目、九州で最初のウェブ放送局として新たなスタートを切った。
サーロインめぐみ、窓乃梅明子、Mckee中野ら女子高生軍団が入局。彼女達が担当した「QMB」がインディーズミュージシャンの間でも話題を呼んだ。
トークラジオ番組「QIC」がスタートした。
●代表的な番組/QUEMULE XX(榎田信衛門、ヘルペス和田、EYEほか)、QMB



●1997年/ウェブラジオで赤丸急上昇!…
Webラジオとしてのポジションがいよいよ明確に。WEB関連の出版物への情報掲載だけでなく地元メディアからの取材も相次ぎ、認知度を一気に高める。熊日ホームページコンテストにて「NTT賞」を受賞。
6月29日、カウンターカルチャー系文化祭『PCMeet』を開催。部外スタッフとして参加していた卯月みそかが入局。
10月、自前のサーバを導入し、オリジナルドメイン「http://www.fmc.or.jp/」を取得する。
12月、実は早井です入局。
●代表的な番組/QIC、QMB、Q-TARO



●1998年/遂に法人化…
これまでの中途半端な似非NPOから企業としての道を歩み始める。フリーペーパー『熊日すぱいす』での編集協力を開始する。
『社団法人九州テレコム振興センター』のオフィシャルサイト構築を受注。
新生QMBのパーソナリティとして女子高生DJユニット「OSL」がデビュー。
12月、九州テレコム振興センター主催によるイベント(長洲未来館)で榎田信衛門が講演。
※サブマリン弥上、ラニーニャあやかが入局。
●代表的な番組/QIC、QMB、Q-JIRO、Q-SABURO、清正の逆襲、HARDROCK食堂



●1999年/プロ集団への脱皮、その序章…
表記を「FM-MONDAY_CLUB」に変更。
スタッフのスキルアップを最大の目標とした年度。様々な組織改革を行い、プロもしくはプロ志望者によるユニットとそれ以外のボランティア集団とに区分した。
3月、榎田信衛門とフィラリア井元が結婚。パーティを全面的に番組化した「アメーバvsケムール」を放送。この時、引き出物の1つとして配られたオリジナルCD『構造不況と表現の自由2』は、Webでも未発表のため伝説の作品となっている。中身はかなり濃い!
フリーペーパー『熊日すぱいす』のオフィシャルサイトの構築スーパーバイジングを担当する。
8月、富士通主催『Stream'99』(神奈川県川崎市)にて榎田信衛門が講演。
10月、九州電気通信監理局主催『テレトピア九州セミナー'99』で榎田信衛門が講演。
※セイフティ本田、エルニーニョふみか、トルネードまり入局。
●代表的な番組/QIC、清正の逆襲、奥様!実は早井です、ユッケにお任せ!、噂のMCアナルとユッケ



●2000年/映像部門も本格稼動へ…
1月、映像制作編集システムを一新。TV番組やCMの制作を再び射程距離内においた。
〃月、全国オフトーク通信協議会の主催『オフトーク通信フォーラム』で榎田信衛門が講演。
6月、デイリープログラム「日刊FMC」を開始。
〃月、200万ページビューを達成。記念番組「日刊FMCスペシャル」を放送。
7月、フリーペーパー『熊日すぱいす』の編集協力業務を終了。
8月、20万アクセス記念ビデオ『早井探検隊スペシャル』を制作。
10月、熊本リビング新聞社のサイト『リビングくまなび』の制作協力業務を開始。ストリーミング放送局「L+V」を同サイト内に開局。
※ペスカトーレ千香子、カルボナーラはるひ、アラビアータ順子、クラミジア坂本、ピロリ高村入局。
●代表的な番組/QIC、清正の謀略、シネマギャング、トラエもん、楽しい日本語、日刊FMC



●2001年/開局25周年。事業規模拡大を狙う…
1月、『Exciteインターネット放送ランキング・ラジオ部門』で独立系では異例の3位に入る。
2月、『熊本電子ビジネス専門学校』の卒業式で榎田信衛門が講演。
4月、『Exciteインターネット放送ランキング・ラジオ部門』で2ヶ月連続トップ!総合でも3位に上昇。
5月、IT関連の講演が急増。『大分県武蔵町商工会』総会などで榎田信衛門が講演。
6月、映像制作ユニット『TEAM-VTOL』スタート。
7月、アナル島田現役引退。(大仁田並みにすぐ復活)
〃月、阿蘇青年の家『スタッフ強化合宿』を実施。
9月、『大分県国東町商工会』『熊本県宇城地区商工会』などで榎田信衛門が講演。
〃月、インタビュー番組「QBT」がスタート。
10月、『暮らしと情報化展2001』に参加。公開放送を実施。
11月、熊日生涯学習プラザにて『榎田信衛門のビデオカメラ講座』がスタート。
〃月、「FMCトークセッション」がスタート。
※ボンバー陽子、パトリオット理佳、カウパー聡美、テポドン真弓、マルガリータ純子、ランボー朋子らが入局。
●代表的な番組/QIC、シネマギャング、Quemule花子・小梅・QBT、全国大人相談室、日刊FMC



●2002年/ポイントオブノーリターン…
1月、新番組「保健体育の女」スタート。
2月、熊日経営セミナー『情報化のDIY』を榎田信衛門が講演。
〃月、変なやつ江森とバッコン岩崎が結婚。
3月、フリーペーパー「廃刊(創刊号)」を発行。
4月、熊日生涯学習プラザにて『榎田信衛門のデジカメ講座』がスタート。
5月、衝撃のトークライブ
「廃刊の夕べ」を開催。榎田信衛門怒涛のトーク3時間!!
6月、熊日さわやか熟年講座『情報化のあゆみ』を榎田信衛門が講演。
9月、FMCデコンストラクション(社内大改革)。解党的人員大刷新と呼ばれた。
10月、玄米茶やよい「日刊FMC」MCレギュラー。
〃月、「日刊FMCスペシャル熊本市長選直前!榎田信衛門野次馬対論」放送。大反響!
11月、『暮らしと情報化2002』に参加。公開放送並びに榎田信衛門講演実施。
12月、サーバー更新のため約20日間放送休止。
※バイブ山本、桐ノ間秀子、玄米茶やよい、鉄観音沼田らが入局。
●代表的な番組/QIC、シネマギャング、QBT、空家探訪、日刊FMC



●2003年/新生FMC本格スタート…
2月、新メンバーによる「QIC」再開。
〃月、「シネギャン大爆破」スタート。
5月、特別番組「日刊FMC九州新幹線SP」放送。
6月、googleのウェブディレクトリにおける『インターネットラジオ部門のページランク』で、知らない間にFMCが堂々1位。
8月、西原村風の里「スタッフ強化合宿」を実施。
9月、熊日生涯学習プラザにて『榎田信衛門のパーソナリティ入門講座』がスタート。
〃月、日本映画学校卒業制作作品映画『ホテル・ウォータームーン』に制作協力。榎田信衛門、レジオネラ高木らがエキストラ出演。
10月、種田守倖(榎田信衛門)著『聴かせてやんない!』(くまざさ出版社)発行。
〃月、ネット書店『書泉・月曜倶楽部』をイーエスブックス内に開設。
12月、トークライブ『聴かせてあげちゃう!』をパレア音楽室にて開催。
※水前寺裕子、赤てん由華里、レジオネラ高木、SARS黒田、ボツリヌス出口、前立腺渡辺、スレーブ浦川らが入局。
●代表的な番組/QIC、シネギャン大爆破、日刊FMC



●2004年/テーマ「前向き。」…
1月、熊日生涯学習プラザにて『榎田信衛門のエッセイ講座』がスタート。
2月、フリーペーパー「FMCドクホン」を発行。
3月、日本映画学校卒業制作作品映画『ホテル・ウォータームーン』(FMC制作協力)公開。
4月、『エッセイ講座』受講生を中心としたライター集団『月曜ペンクラブ』発足。
〃月、『きくちゆみ講演会&森田玄ミニコンサート(会場/熊本市国際交流会館)』を制作協力。
〃月、学生・ボランティア団体合同ガイダンス『スタート!2004』に初参加。
5月、「QIC」放送400回を記念して公開収録を実施。
6月、熊日生涯学習プラザにて『榎田信衛門のパーソナリティ入門講座(第2期)』がスタート。
7月、「QIC前回好評だったので、調子に乗って公開番組第2弾なのだスペシャル」を実施。
〃月、NHK熊本『ひのくにYOU』に榎田信衛門生出演。約20分に渡ってFMC特集を放送。
9月、落雷の影響でサーバ故障。1週間放送休止。
〃月、トークライブイベント「榎田信衛門毒宴会其の弐・行くぞ~9番。」を開催。
10月、『月刊タウン情報クマモト10月号』1ページまるまる使ってFMC特集掲載。連動番組『読み聴かせてやんない!』を放送。
11月、阿蘇青年の家「スタッフ強化合宿2004」を実施。
※フェーカリス中田、銀杏城のぞみらが入局。
●代表的な番組/QIC、日刊FMC



●2005年/テーマ「喝!」…
1月、FMCウェブサイトの一部を使ってクリック型広告Google AdSenceを試験的に導入。(2月下旬実験終了)
2月、NHKテレビ及びラジオ『みんなのメッセージ/ほっとラジオずっとラジオ(全国放送)』に榎田信衛門出演。
3月、赤てん由華里、島根県の実家に戻るため「QIC」卒業。
4月、新施設改装工事に着手。
〃月、熊本大学の学生を対象としたサークル・団体・合同説明会『ACTION』に参加。
〃月、地元フリーペーパー『テラコヤ』にFMC関連記事掲載。
5月、新施設「多目的文化情報発信施設lunedi(ルネディ)」をFMCスタジオ隣接地に開設。
〃月、定例トークライブ第1回「軍艦島グラフィティ」を「lunedi」で開催。
7月、第1回「お座敷フリマ」を「lunedi」で開催。
〃月、「大江で捜査網」をスタート。
9月、FMC本社を「lunedi」に移設。
10月、「ウェブラジオFMCポッドキャスト支店」をケロログに開設。
11月、「QIC」隔週で公開収録スタート。
※ボツワナ沙織、モザンビーク知佳、ルワンダ美幸ら「アフリカ三姉妹」が入局。
●代表的な番組/QIC、日刊FMC、大江で捜査網



●2006年/テーマ「30th」…
1月、企画チーム発足するもすぐに消滅。
〃月、隔週で「茶話会」スタート。
3月、「QIC」アシスタントにフィラリア井元が復帰。
4月、「日刊FMC」と「夕刊FMC」のデイリー2ベルト体制スタート。
〃月、FMC創立30周年。
〃月、「QIC」放送500回(国内発インターネットラジオ史上最長記録)を記念して公開収録を実施。
6月、『映画リトルバーズ上映会+綿井健陽監督講演会(産文大ホール)』の実行委員会に参加。榎田信衛門がステージMCを担当。
〃月、『click+(主催/熊大広告KumAnd)』に榎田信衛門登場。
7月、『ケロログ・ポッドキャスト奥の細道ツアー2006in熊本』(会場/NTT熊本支店多目的ホール)を制作協力。
9月、『朝日新聞(全国版)』コラム「ラジオアングル」にFMCが取り上げられる。(9月13日付朝刊)
〃月、『月刊くまもと経済』9月号巻頭カラー特集にてFMCが取り上げられる。
※エビアン元子、ヴィッテル映子、コントレックス寛子、おーい!中村、ジョー中山らが入局。
●代表的な番組/QIC、日刊FMC、夕刊FMC



●2007年/テーマ「2007年問題」…
2月、榎田信衛門によるトーク番組「概ね日刊・深夜快速」スタート。
5月、「多目的文化情報発信施設lunedi(ルネディ)」内に「視聴覚作品店review」を開店。
〃月、おーい!中村が1年間のアメリカ留学に出発。
6月、「概ね日刊・深夜快速」に金曜版(MCピナツボめぐみ)が新たにスタート。
7月、九州テレコム振興センター、九州総合通信局などが主催する『情報化フェア2007』に出展(特設スタジオの設置)ならびに種田守倖講演することになったが、台風の接近でイベント自体が中止に。
〃月、熊本国際交流会館に於いて「ラジオパーソナリティ講座」を無料開催。
〃月、reviewに於いて「発想力を高めるワークショップ」を開催。
8月、ウェブテレビ局『月テレ』開局。「深夜特快」「超人俳句」などスタート。
9月、『信毎ホームページ大賞2007』のライフ/情報部門にFMCがノミネートされる。
※ピナツボめぐみ、エトナ井上、メラピさとこ、セントヘレンズ愛美(除籍)、キラウエア裕子らが入局。
11月、阿蘇青年の家「スタッフ強化合宿2007」を実施。
●代表的な番組/QIC、日刊FMC、夕刊FMC、深夜快速



●2008年/テーマ「起爆スイッチ!」…
3月、ウェブテレビ局『月テレ』、BAR紹介番組「さしより(後の「深夜特快さしより」)」をスタート。
4月、トーク番組「QIC」放送600回記念公開録音を熊本市国際交流会館多目的ホールで実施。
10月、ウェブテレビ局『月テレ』、熊本ホテルキャッスルで開催された「2008カクテルコンクール&パーティ」をオフィシャル中継放送。
※レツゴー匠平、マスタード☆鶴田、セントヘレンズ理恵らが入局。
●代表的な番組/QIC、明日の基礎知識日刊FMCネオ、深夜快速



●2009年/テーマ「この国から義と情を奪ったやつは誰だ!?」…
2月、ウェブテレビ局『月テレ』、熊本ホテルキャッスルで開催された「第36回全国バーテンダー技能競技大会」をオフィシャル中継放送。
4月、FMC創立33周年記念番組「さしよりQICの基礎知識」を月テレとのサイマルキャスト番組として制作。
8月、銀杏中通りサテスタColonから放送するトーク番組「マスタード☆鶴田のジョニ黒3本角8本」スタート。
10月、Kumamoto Bar Societyによるオリジナルウイスキー創りを長期取材したドキュメンタリー映画『KUMAMOTO BARTENDERS CHOICE(監督・榎田信衛門、55分)』をHD制作。
11月、ドキュメンタリー映画『KUMAMOTO BARTENDERS CHOICE(監督・榎田信衛門、55分)』プレミア上映会を熊本市下通イベントスクエア・リバーレにて開催。満員御礼。
〃月、トークライブイベント「榎田信衛門毒宴会其の四」を熊本市現代美術館アートロフトにて開催。
※サブレ松本、ラ・パルマ絵美、モンプレーひとみ、ファランクスU子らが入局。
●代表的な番組/QIC、明日の基礎知識日刊FMCネオ、深夜快速、ジョニ黒3本角8本



●2010年/テーマ「100年の計を元旦に」…
1月、団体名を「FMC KOMBINAT.」に変更。
〃月、サーバトラブル発生。復旧までの約2週間を「ウェブラジオFMCポッドキャスト支店」での全番組放送で切り抜ける。
〃月、ドキュメンタリー映画第2弾『Bar:Colon大移動※仮題(監督・榎田信衛門)』撮影(2月1日ロケアップ)。
3月、トーク番組「QIC」放送700回記念公開録音を熊本市下通イベントスクエア・リバーレで実施。
4月、「第16回1万歩ご利益ウォーク」中継。
7月、書評番組「流離い図書室~耳にて歩き~」をスタート。
〃月、「スタッフ全員ミーティング」を熊本市大江校区公民館にて実施。
9月、月テレの生放送(Ustream使用)「月刊FMC」スタート。
10月、「明日の基礎知識日刊FMCネオ」と「深夜快速」を統合して「日刊・深夜快速」をスタート。
※段ボール岩永、マウナロア智美らが入局。エアポート成田復帰。
●代表的な番組/QIC、日刊・深夜快速、流離い図書室、ジョニ黒3本角8本、月刊FMC



●2011年/テーマ「second best,tomorrow! 今できることをしろ!」…
3月、「QIC:754/東日本大震災被災地応援3時間生放送」を実施。
4月、「I love you & I need you ふくしま/勝手に熊本版」を制作。YouTubeにアップ直後から大反響。
〃月、「第17回1万歩ご利益ウォーク」中継+ステージ。
7月、白川中学校区「是法神社夏祭り」に参加。特設放送ブースを設けUstream生放送を実施。
9月、トーク番組「QIC」放送777回記念公開録音+榎田信衛門放送業界デビュー30周年記念ミニパーティを開催。
11月、あいぽーと文化祭に参加。FMCの出展テーマは「災害と市民メディア」Ustream生放送を実施。
※流れ星☆みいな、おおぐま欣三らが入局。
●代表的な番組/QIC、日刊・深夜快速、流離い図書室、ジョニ黒3本角8本、月刊FMC



●2012年/テーマ「reboot!!日本甦生」…
2月、トーク番組「QIC」放送800回記念公開録音を開催。
〃月、ドキュメンタリー映画第2弾『removal of bar:colon』プレミア上映会を開催。
3月、自主映画制作プロダクション『シネマトグラフ・ルネディ』をFMC部内に旗揚げ。
4月、「第18回1万歩ご利益ウォーク」中継+ステージ。
5月、劇場用映画第1弾『堂免公園』クランクイン。
7月、白川中学校区「是法神社夏祭り」に参加。特設放送ブースを設けUstream生放送を実施。
9月、劇場用映画『堂免公園』クランクアップ。
※トンカラリン恭子、花岡山花岡らが入局。
●代表的な番組/QIC、日刊・深夜快速、ジョニ黒3本角8本、ケムールテレビLIVE



●2013年/テーマ「Destroy confusion! 混迷をぶっ壊せ!」…
1月、劇場用映画第1弾『堂免公園』ゼロ号試写。
2月、オリジナルDVD『榎田信衛門の大異言』リリース。
3月、自主映画制作プロダクション『シネマトグラフ・ルネディ』をFMC部内に旗揚げ。
4月、劇場用映画『堂免公園』東京上映会。
〃月、劇場用映画『堂免公園』熊本地区内覧上映会(協賛各社向け)。
5月、劇場用映画『堂免公園』大阪試写会。
〃月、オリジナルDVD『榎田信衛門◎大実況二六七三』リリース。
7月、白川中学校区「是法神社夏祭り」に参加(ラスト参加)。特設放送ブースを設けUstream生放送を実施。
10月、本妙寺『寺フェス2』参加。特設放送ブースよりUstream生放送。
〃月、熊本よかちょろ会主催『柳家喬太郎独演会』制作協力。
11月、トーク番組「QIC」放送888回記念公開録音を横浜市(中華街・三国志特設スタジオ)で遠征開催。
12月31日、シネマトグラフ・ルネディ活動休止。FMCを発展的解散。
●代表的な番組/QIC、日刊・深夜快速、ケムールテレビLIVE



●2014年/テーマ「New Order 時代を変えよう!」…
1月1日、『CRI』発足、新FMCの指揮運営を受け継ぐ。
4月、CRI制作番組『kumamoto modernology』放送開始。
5月、がん啓発イベント『リレーフォーライフくまもと』ステージMC協力。
9月、オリジナルCD『構造不況と表現の自由2014』リリース。
10月、本妙寺『寺フェス3』参加。地獄エフエム特設放送ブースよりUstream生放送。
※立花幸恵(復帰)、エトナいずみ、マウナケア詩音、チクロン大倉らが入局。
●代表的な番組/QIC、日刊・深夜快速、kumamoto modernology



●2015年/テーマ「座」…
1月、榎田信衛門が古巣の企画会社(東京)に役員として復帰。
4月、スタッフ間の交流を目的とした「土曜ミーティング」開始。
〃月、オリジナルDVD『榎田信衛門かく語りき』リリース。
5月、第1回『lunediまつり』開催。
〃月、がん啓発イベント『リレーフォーライフくまもと』ステージMC協力。
6月、熊本よかちょろ会主催『立川生志独演会』制作協力。
10月、本妙寺『寺フェス3』参加。成仏エフエム特設放送ブースにて『日刊深夜快速特別編』『WA!アメーバだ30周年特番』収録。。
〃月、熊本よかちょろ会主催『三遊亭白鳥独演会』制作協力。
11月、オリジナルDVD『QIC:989+990』リリース。※特典DVD『WA!アメーバだ30周年特番』
※イペリット上田、木葉すみれ、西之島かほるらが入局。
●代表的な番組/QIC、日刊・深夜快速






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