熊日グリーンページにおける自己完結型エッセイ

「熊本のボロ指摘日記3」

1997年7月中旬執筆

(今回は、ある面では熊本市に限った話です)

「祭がないのは何故か」・・・

藤崎宮大祭や火の国まつりがあるじゃんか!!というお声が返ってきそうですがあえて申し上げる。
「あんなのが祭だったら悲劇だね」

そもそも我が国で言うところの祭とは、その地域・区域の文化・信仰を司る神社仏閣等を起点として、そこに住む人々の交流と人間関係の円滑な構築を目的とした一大イベントなのである。そうでないイベントは単なるパレードかデモンストレーションでしかない。

藤崎宮大祭や火の国まつりにそんな意味合いが果たして残っているだろうか・・。
下らん高校閥をいつまでも引きずるOB会だの、企業PR的なグループばかりが目立ち、地域の結び付きに根差したものとはお世辞にも言えないイベントである。だからあんなのは祭ではないと私は考える。単なる高校同窓会パレードなのである。(大体、住んでる町のことよりも先に出身高校を尋ねる風潮は愚かの極みだ)

福岡と比較するのは基本的に好きじゃないが、昨日も博多祇園山笠の生中継を朝っぱらから見てしまったもんだからあえて引き合いに出すことにしよう。
山笠はいいねぇ。見事に地域(コミュニティー)が幾重にも重なって盛り上げている。確かにあれは祭だ。勇壮だとか乱暴だとかという評価以前に、自分達が住む地域に対する誇りみたいなものがとりあえず感じられるのは素晴しいではないか。(別に地域ナショナリズムを鼓舞しようっちゅうのではない)

ここで私は提案する。各地域(町内でもいいじゃん)で祭を復興または新興させようよ。
偏屈な年寄りや愚鈍な役人は放っておいて、若い世代が新しい祭を作ればいいじゃないか。
多かれ少なかれ、どこの町でも都市化の進行と共に「隣人の顔」が不明確になっている。
そんな時代だからこそ、何か一発やりたいと思わんか、皆んな!!

さてさて、今回の結びの言葉。
「熊本はダメだ!!と言う人がいるが、そういう人は熊本から出ていけばよい」
そう言ってはばからない熊本在住の若手文化人のインタビューを以前読んだことがある。
笑ったね。言論人の端くれだったらもっと気の効いた発言をしてもらいたい。

「熊本が素晴しく素敵で最高!!と言う人がいるが、そういう人は熊本から出てみて見聞を深めるべきだ」私はこう言っておきましょう。

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