所謂日常日記
榎田信衛門「鯨のしっぽ」
本を読む、テレビを見る、
街を歩く、田舎を彷徨う、
物を喰らう・・。
日々の出来事の中で、
一瞬「海馬」に蓄積された記憶を
このページに綴っていこうと思う。

「海馬(hippocampus)」
大脳の古皮質に属する部位で、欲求・本能・自律神経または記憶に関する中枢器官。


第158回

11月14日の日常から・・

昨晩は久々に「嫌(いや)」なものを観ちまった。
NHKスペシャルの再放送。「原爆の絵」・・。
何が「嫌」って・・重いの何の・・。

被爆者が自ら描いた《目撃したものいろいろ》・・。
あっしは最初「素人の絵だしなぁ、伝わるかなぁ」と、
やや冷ややかな視線をブラウン管に送っていたのだが、
絵は「人の心」というフィルターを通したものだけに、
技術の高低とは関係なく、
観る者の心の中にストレートに飛び込んで来る「不思議なプロトコル」を
持っている。

たまらないシーンがあった。

中学生の少年が、爆風で倒壊した小学校に救助に向かった。
そこには粉々になった木造校舎の材木に潰された子供達の姿があった。
呼ぶ声がする。
材木の中に閉じ込められて出られない男の子だ。
しかし、中学生の技量ではどうにもならない。
火の手が迫る。
万事休す・・。
「泣くなよ。男の子じゃけん!」
男の子は涙を浮かべて黙って少年を見つめている。
(いやぁ、この絵には参った・・)

話はまだ続く。

今度は、倒れた柱に右腕を挟まれて身動きがとれない女の子である。
少年が声をかけると、彼女は名を名乗り、小学4年生であることを告げる。
少年は必死に女の子を引っぱりだそうとするが、
これもまた少年の技量ではどうにもならない。
火は目前だ。

結局少年は、女の子がジリジリと焼ける直前まで見守るしか出来なかった。
そんな絵である。
(辛すぎるぞ、おい!)

今や老人となったこの絵の作者は、
「あの時、ひょっとしたら救ってあげられたかもしれないと思うと辛い・・」
と自分を責めている。

なんちゅう悲劇であろうか。
この人は、何も悪く無いのに60年近くもの間、
罪悪感を背負って生きて来たのである。

ちなみにあっしは「戦争の悲劇」とか、
「惨劇のエピソード」を聞かされるのは正直好きではない。
何故なら《戦争は悲惨の極致》ということは百も承知なので、
今さら何を言われても、むしろシステマチックな戦争論とかを語る方が、
よほど現実的である・・と「ややドライ」な見方をしちゃってるからである。

サイパン島の「バンザイクリフ」から、余りにも自然体で
ひょいと飛び込んで自決する日本人女性のカラーフィルム(動画)や、
波打ち際で漂う日本兵の屍の写真を見るよりも、
数年前にNHKが制作した「原爆を科学的に分析したドキュメンタリー」の方が、
よほどあっしの心拍数を上げてくれる。
※原爆が炸裂する瞬間のコンマ何秒の推移を科学の目で捉え、
 そこで何が起こっていたのかを見事に再現した秀作であった。

だが、今回認識が変わった。

人の目撃情報の鋭さ。
感覚の鋭さ。
記憶力の確かさ。

これらに感動した。

こんなエピソードが紹介されていた。

偶然命拾いした少年が、自宅近くに辿り着いた。
そこには、幼児をかばった姿でうつ伏せで倒れている女性の屍体があった。
少年はとっさに「母と妹だ」と直感したが、
何故か顔を確認することなく、一旦その場を離れてしまった。
再びその場所に戻った時、もう屍体は片付けられて、
その行方は分からなくなっていた。
母親と妹は現在も尚、行方不明という・・。

惨い記憶を老人は描いた。

調べてみたら、同じ場所でこの母子の屍体を目撃し、
その姿を描いた人が他に複数存在していた。
彼等は「母の強さ」に感動し、描いたのだと言う。

目撃情報の点と点が、60年近くの時を経て「線」で結ばれていく。
観ていて鳥肌が立った・・。

ちなみに他の目撃者が描いた屍体は黒焦げ状態である。
だが、息子と思しき老人が描いた屍体は何故か「もんぺ姿」であった。

「せめて絵の中では服を着せてやりたい・・・」

たまらん・・マジで、ぐっと来たよ。
ここにヒューマンな温かさを感じない奴はどうかしている。

残酷の極致をかい潜って生き残った人間の《情》である。
しかも言葉ではなく「1枚の絵」がその《情》を強烈に訴えてくるのである。
そこら辺のトンマな画家や、権威に縛られた画壇の連中なんかより、
遥かに説得力のある絵だよほんと。

ともかく、あまりにズドーンと重い番組であったので、
45分・・観終わったらヘトヘトになっていた。

その後の「プロジェクトX/金閣寺修復(再)」が
思い切り薄っぺらに見えてしまった。


『今日の1コマ…A』 スケッチする少年。是法菅原神社にて朝9時過ぎ写す。

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